南の島でアルパイン

Climbingshodoshima03

Apple.mac(ドットマック)がMobileMeになり、ホームページのサービスから撤退してしまったので、昔のコンテンツを急遽PCに退避させた。中には懐かしい記事もある。せっかくだから、気がついたときにでもこちらに転載しておこうと思う。

以下は徳島でクライミングクラブを立ち上げて盛り上がっていた頃の参考記録。1998か1999年のことだと思う。


 その昔、『小豆島』を「こまめとう」と読んだ男がいた...

 高松からフェリーで1時間。小豆島の土庄港に着く。そのままクルマで20分も走ると、何とも言えないいい匂いがしてきた。醤油の匂いだ。

 「あべかわもちが食べたくなるねぇ」とアキヨちゃん。

 「.....」

 「イソベヤキだろ....」一瞬の沈黙のあと、車内は大爆笑。

 でもオレは1人不安になる。大丈夫だろうか。

 今回の目的は「二十四の瞳」の舞台となったこの島にそびえたつ、拇岳(おやゆびだけ)を登ること。今はなきクライミング・ジャーナルの49号にも紹介されているが、拇岳は、高度差100m位の岩峰で、かつては人工で登るルートだったようだ。フリー化されているが、ハーケンは潮風で腐り落ち、リングボルトもよく抜ける...という話だ。このうちダイレクトという、最高で 10.b のピッチがあるルートを登るのである。

 おかげさまで徳島クライミングクラブも会員25人の団体に成長した。山登りなんてしたこともないなんてメンバーも多い。フリークライミング主体のクラブで、オレはもう最年長組。平均年齢は25、6くらいだろうか。ジョインというアウトドアショップのマスターのご好意で店内と店外に人工ボードをつくっていただいている。週末には高知や高松、岡山、大阪と遠出してフリーに励んでいる。実は、最近、市内から車で1時間以内の場所に大きな石灰岩帯を発見し、開拓を始めた。もう10本もルートを引いた(とは言ってもルートづくりは香川県のクライマーにお願いしている...)。この報告はそのうちさせていただくとして、問題はクラブのメンバーのほとんどがシングルピッチのフリーしか経験がないということだった。

 アルパイン経験者は自分を含め3人しかおらず、そのうち1人は出張、もう1人は突然の法事でドタキャン。なんと自分1人で6人の初心者と登ることになってしまった。もちろん、この日のために近くのゲレンデで自己確保や支点づくり、懸垂下降の練習はした。それに、皆、フリーなら10-11クラスは登れる連中である。まぁ、何とかなるさ。危ぶなそうだったら観光モードに切り替えちゃうもんね、という日和見風見鶏的態度で望んだのだった。

 初日の土曜は、自分とポン(♂、27)♀、南さん(♂、30)、えっつん(♀、30)、アキヨちゃん(♀、26)の5人で、翌日はトーベぇ(♂、24)とたけ(♂、23)がこれに加わった。初日は初めてだし(あたりめーだなぁ)、女性が2人いたせいもあって、5.9 の「赤いクラック」を登ることにした。しかし、これが失敗。リングボルトなんかほとんどなく(支点くらい)、ルートの途中のハーケンはすべて錆びて腐っている。さわるとペコペコする。あまりさわるともげそうなので、さっさとヌンチャクをかけ、ロープをかけて忘れてしまうようにする。ところが、次のハーケンも、そのまた次のハーケンも同じような顔をしてるので、いいかげんにしなさいと、堪忍袋切れ切れ状態になる。

 しかも、多分もう何年も登られていないのだろう、ルートがはっきりしていない(ハーケンが腐って落ちてるせいもあるだろう)。11時に登り始めて、3ピッチ登ったときはすでに2時半を回っていた。即座にメンバーからアンケートをとったところ、「二十四の瞳の学校」(観光地化されている)、「酒」、「メシ」などの要望も多かったので、敗退を決意して懸垂で降りた(確か、反対票はポンの1票だけだった)。

 それでもみんな、初めてのアルパインの興奮と景色の良さ(瀬戸内海が展望できる)で満足げ。車で町まで降りてスーパーで買い物。その晩はテントでギター片手に騒ぎまくった。

 翌日は、トーベぇとたけとリーダーが来るはずだったが、9時まで待っても来ないので、先に出発。今日こそはダイレクトルートだ。取り付きのチムニーを登って1ピッチきり、もう1本登って小さなテラスでアキヨちゃんをビレーしてたら、下の方で声がした。トーベぇとたけだ。実は、このとき始めて、リーダー(♂、26)が法事でドタキャンだと知り、あわてる。

 リーダーは12クライマーだし、唯一、以前この岩場を登ったことがある人だったのに....

 愚痴を言っても始まらない。とにかく全員ができるだけ安全に登れるようにしなければ。自分が最初にリードすると後方の様子が分からなくなるので、南さんを先に行かせることにする。

 このため小さなテラスまでアキヨちゃんとえっつんをまず上げてしまい、続いて南さんとトーベぇのチームをあげる。ところでトーベぇとリーダーは今年は国体の登坂競技に参加する。映画「グランブルー」にでてくるジャック・マイヨールを細くした感じの好青年だ。南さんは元水球の国体選手。そうか、この2人は国体コンビだったのだ(今気がついた)。

 「ここからのピッチがいよいよハング越えの10.b だよ」と南さんに伝える。でも本当は「..だと思うよ」くらいの自信しかないのだ。ははは。

 でも、よく見るとここにはさすがにリングボルトがようけ打ってあり、中にはシュリンゲがぶら下がってるのもある。

 「とにかく絶対に落ちないようにね。つらかったらすぐにシュリンゲでもヌンチャクでもつかむんだよ!」としつこく南さんに言う。かなり緊張している様子。

 小さなテラスに4人のっかり、南さんの行く末を見守る。ところが4mくらい上がったところ、ちょうどハングの傾斜がきつくなりだすところで、南さんの動きが止まる。

 一同に緊張感が走る。何だか南さんの大きな体が小刻みに震えているようにも見える。

 やばいかなと思った瞬間、「あっ、ごめんなさい」と叫びながら南さん墜落。ロープがけっこうでていたせいで、アキヨちゃんの頭上まで落ちる。アキヨちゃんは首を蹴られた様子。ちなみに、南さんはとれもとても礼儀正しい人で(体育会系だからだ、きっと)、こうやって、落ちるときには必ず「ごめんなさい」とか「すいません」という。

 でも笑い事ではない。南さんは相当ビビッたらしく肩で息をしている。アキヨちゃんは首を手で押さえたまま無言状態....

 結局、アキヨちゃんには大事をとって、そこから懸垂で降りてもらった。そして南さんには、無理しないで、すぐにシュリンゲやヌンチャクをつかむようにと指示して登ってもらう。今度は登れた。

 続いてトーベぇ、そして後方のポンとタケの2人にも追い抜いてもらう。

 みんな南さんのフォールがショックだったようで、もう誰も無理してフリーで登ろうとはしていない。それはそれでok。むしろ安全と思い、今度は自分が登る。確かに難しいが、ボルトが2m間隔くらいでついているので、ヌンチャクをつかんでしまえばA0といったところだ。

 このピッチを抜けると大テラスがあり、指示通り、みんながそこで待っていた。えっつんを上げる。景色はサイコーで、気持ちよい風が吹いてくる。

 この時点で2時半くらい。あと2ピッチあり、しかも昨日敗退したせいで、下降ルートの確認もできていない。帰りのフェリーに間に合わないとやばいので、記念撮影してそこから懸垂で降りることにした。

 アルパイン初体験の人間を一度に6人も連れていくなんて犯罪に近い。事故がなかっただけでも幸いだ。でも、みんなはすごく楽しんだようで、また行きたいというメンバーも現れるくらいだった。

 そうだね。三つ峠とかだったら比較的安全に楽しく登れるのに...

 そう思いながらも、心の中では、今度はもっと少数で行こうと考えているオレだった。

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